2001 Spring-Summer

2001年06月30日(土曜日)
 2001年6月30日、ここ関東地方は朝から雨がパラついている。
 来年2002年6月30日は、どうか雨だけは降らないで欲しい。
 本当に、本当に、全世界の目が横浜に集まる日なのだから。
2001年06月29日(金曜日)
 本当は2002年のワールドカップKOREA/JAPANの会場として計画され、その後他目的スタジアムへと計画変更された札幌ドームで、プロ野球の試合が開催された。
 7月1日には、サッカー日本代表の国際Aマッチが開催される。

 実はこの札幌ドーム、サッカー開催時の方が、野球開催時よりも、客席数が多くなるのだ。
 なのに、プロ野球の試合の主催者発表の観客数は、サッカー開催時の客席数の数字。サッカー日本代表の試合は満員間違いないので、その観客数に劣ることは、きっと許せないのだろう。
 もっとも、サッカーの場合、Jリーグも代表の試合も実数発表なので、たとえ、ぎっしり満員でも、チケットを持っていない観客数はカウントしない。だから、どう見てもぎっしり満員なのに、発表された数字がスタジアムキャパ(客席数)にまで到達しないことがある。
 プロ野球も、もうそろそろ、それくらいフェアにやるべきだ。
 何しろ、水増し発表どころか、スタジアムキャパよりもはるかに多い数字を「本日の観衆」として発表し続けているのだから。
 その神経が理解できない。
 もう、そんなのは時代遅れであることに、まだ気づかないのだろうか。
 また、従来のマスメディアも、そんな数字を活字にして掲載する必要はないはずだ。
 もし、どうしても掲載するとしたら、「主催者発表」とカッコ書きを添えるのが、せめてもの筋というものだろう。
 (従来のマスメディアについては、なぜか、格闘技系の興行については、主催者発表をそのまま掲載しないで、わざわざ「約○万人」と掲載したり、プロ野球以外のスポーツについては観客数を掲載しなかったり、その辺りの流儀が、なんとも理解できない。)


 「日本の悪い所を全部引きずっているね。」
 ある人がそう言った。
2001年06月28日(木曜日)
 IBAF(国際野球連盟)が大会名称を「ワールドカップ」と改めても、それは表面的な厚化粧に過ぎない。
 やるのなら、そんなに慌てて対症療法に走らないで、きちんと腰を据えて、本当の世界大会を開催しようと努力してはどうか。
 もちろん、その際には、「スポーツの国際大会」としてmustである、ドーピング検査制も導入していただきたいものだ。
2001年06月25日(月曜日)
 映画「エントラップメント」で、盗まれた絵画の後に壁に掛けられたElvisの肖像画。
 あれは、1973年1月14日、当時としては未曾有の、全世界へ衛星生中継されたAloha From Hawaiiからのショットだ。
2001年06月24日(日曜日)
 U-20日本代表のアルゼンチンでの戦いぶりを見て、つくづく感じたこと。
 いくら(小手先の)技術やテクニックがあっても、少しでも技術の精度が低くては、プレッシャーの中でそれがすぐにブレてしまうばかりでは、結果はついてこない。
 加えて、判断力が少しでも弱かったり遅かったりすると、国際競争の中では致命的だ。
 ほんの少しでも集中力の高まりが不足していると、集中力が常に最大限に高められて発揮されないと、待ち受けているのは落胆だ。
 フットボールは本当に怖い。格闘技と同じ部分がある。

 今回のU-20では、ベンチワークの能力にも疑問を感じざるをえなかったのも、正直なところだ。
 システム(フォーメーション)をゴチャゴチャいじり過ぎではないのか。まるで、TVゲームをプレイしているつもりでいたのではないか。自分がゲームのコントローラを握っているような感覚が、どこかにあったのではないか。そんな風にすら思えてくる。
 もう1つは、選手たちの試合への入り方(入らせ方)に関して、ヌルかったのではないか。
2001年06月22日(金曜日)
 従来のマスメディアには、野球に対する愛着が強い人が非常に多いのだろう。
 最近の野球人気の凋落、TV視聴率の下落に関して、主にサッカーと比較しながら、擁護的なコメントや記事を目にすることが、たいへん多い。
 だが、そういう行為は、いろいろな意味で、むしろ逆効果になる危険性が高いということに、気づいていない。
2001年06月18日(月曜日)
 ある小説家の方が、「野球は1人ずつバッターボックスに入ることが許されていて、民主的」とおっしゃる。
 私には、そんなことが民主的には思えない。むしろ、民主的でない、のではないか。
2001年06月14日(木曜日)
 実は密かにオンエアを待っていた「仮面ライダーBLACK」が、CS放送で始まった。
 1987年頃の作品なのだが、格闘シーン(戦闘シーン)が、今見ても、なかなか良い出来だ。新鮮さがある。
 そのコアの1つにあるのが、カット割の多さのように感じる。日曜日の午前10:00からの30分番組に対して、スタッフが労を惜しまず、熱心に取り組んだカタチが垣間見られるように思う。
2001年06月13日(水曜日)
 経済産業省の役人が、「野球と違ってサッカーのJリーグにはヒエラルキーがない」といったような発言をしたようだが、その意味がよくわからない。そもそも何を意味して、スポーツの「ヒエラルキー」と定義しているのかが、想像できない。
 フットボールやJリーグが、日本において、全国津々浦々まで経済社会に浸透しているとは全く思わないが、それが「ヒエラルキーがない」ことになるのだろうか。
 野球は日本においては大衆社会に浸透し続けてきたが、だからといって、それが「ヒエラルキーがある」ことになるのだろうか。
 スポーツ種目(スポーツ分野)としては、フットボールは長年にわたって構造化の営みを行ってきており、日本においては珍しく、比較的、まともな構造を成している(目指している)と言ってもよいはずだ。その構造の中の1つとして、Jリーグが存在している。もちろん、様々な課題や問題ははらんでいるけれども、少なくとも、そのような努力と試みを積み重ねてきた。
 そのような点を認識した上で、それでも「ヒエラルキーがない」のかどうか。では「ヒエラルキー」とは一体何なのか。大いに疑問を感じるところである。
2001年06月08日(金曜日)
 苦しい時、何をするべきか、どうするべきか、わかっていて、それをきちんとやり遂げる。それは非常に高度な営みであろう。
 私は決して中田英寿のファンというわけではないが、それでも、彼のプレーを見ていて、唸らされた。正直、何度か目をウルウルさせられた。
 もっとも、そういうプレイヤーがナショナルチーム(日本代表チーム)にたった一人というのが、寂しいのだが。

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